米国、ムスリム同胞団をテロ組織指定へ~トルコとの関係は決定的に悪化へ~
トランプ政権がムスリム同胞団をテロ組織に指定へ
2019年4月9日、エジプトのシシ大統領が米国を訪問。
ホワイトハウスでトランプ米大統領と個別会談を行いましたが、この中でシシ大統領はムスリム同胞団をテロ組織に指定するよう要請。
トランプ大統領もこれを受け入れ、同集団をテロリストとして指定し、取引関係のある団体、国家などに制裁を加えていく方針とのことです。
Trump Pushes to Designate Muslim Brotherhood a Terrorist Group
個人的に、これは大きな問題を孕むことになると思われます。
ムスリム同胞団出身のムハンマド・ムルシー前大統領をクーデターで追いやったシシ大統領
そもそもにおいて、シシ大統領がムスリム同胞団を排除しようとしているのは、ムスリム同胞団がシシ大統領にとっての政敵だからです。
シシ大統領は2013年にムハンマド・ムルシー前大統領を軍事クーデターで追いやり、同氏を拘束しました。
このムルシー前大統領の出身母体が、ムスリム同胞団です。
クーデター後に拘束されたムルシー前大統領は、ほかのムスリム同胞団の幹部と共に終身刑と死刑判決を受けて、ただいま上訴中です。
シシ大統領の軍事独裁政権はアメリカとイスラエルの支持を受けて盤石ですから、好き勝手にやりたい放題やっています。
先日も、シシ大統領の任期を延長するとともに、検察トップと最高裁人事の任命権を大統領に「シシ大統領の在任中だけ」みとめる法案を通しました。
かように独裁的なシシ政権ですから、ムルシー前大統領はいずれ死刑執行される可能性が高いと思われます。
民主的に選ばれた大統領が軍事クーデターで打倒され、さらには拘束され、死刑判決を受けて、執行される・・・
まったく恐ろしいことですが、それが現実に進行しているのがエジプトです。
そして、そうした軍事独裁を全く批判しないどころか、その政権と密接につながって、あまつさえバックアップすらしようとしているのが米国です。
(なお、米国と同調してサウジ国王、ユダヤのイスラエルなどもシシ大統領のクーデターを礼賛していました。)
今回のムスリム同胞団のテロリスト指定という問題の背景には、上記のような経緯があります。
「ムスリム同胞団はテロリスト」とすることで、シシ大統領がムスリム同胞団出身のムルシー前大統領を処刑しやすくすることが目的に入っているのは、誰の目にも明らかでしょう。
ムスリム同胞団とは
ここでムスリム同胞団について軽くおさらいしておきましょう。
ムスリム同胞団が成立したのはエジプトがまだ英国の植民地だったムハンマド・アリー朝時代と言われています。
小学校教師をしていたハサン・アル・バンナーは、西洋文化から離れること、イスラム文化の復興を進めることを主張しムスリム同胞団の基となる緩やかな組織を作ったと言われています。
その後、この活動に共鳴した人々が社会活動、慈善活動などを通じて思想を伝播、
ムスリム同胞団の規模は拡大したと言われています。
1940年代後半、指導者バンナーは暗殺されます。
この背景には、前年にファールーク一世がムスリム同胞団を非合法化指定したこと、そしてそれに続くムスリム同胞団の青年による首相暗殺があったとされています。
ともあれ、ムスリム同胞団はあくまでも思想集団であり、指導者バンナーが死んだところで衰えるはずもありません。
ムスリム同胞団はより先鋭化し、政府と対立するよう担っていきます。
1953年、ムハンマド・アリー朝は崩壊
ガマール・アブドゥル・ナーセルとナギーブ大統領の権力争いのなかに、ムスリム同胞団も巻き込まれることになります。
ムスリム同胞団の一員による アブドゥルナーセルの暗殺未遂事件を発端に、アブドゥルナーセル側による政権奪取とムスリム同胞団への締め付けが強化されました。
そのなかでムスリム同胞団の中心的、思想的指導者になったのがサイイド・クトゥブです。
クトゥブはアブドゥルナーセルを痛烈に批判
「ナーセルのような愚か者が統治している社会はイスラム教が成立する以前のジャーヒリーヤ(無名時代/むみょうじだい)※1と同じ。ジハードが必要。」
という先鋭的な思想、クトゥブ思想を展開しました。
そんなこんなで危険人物視されたクトゥブ氏、当然のように逮捕され、処刑されます。
※1ジャーヒリーヤ・・・ムハンマドがイスラム教を始める前の、祖先崇拝や偶像崇拝をやっているような愚かな時代を指します。部族の利益のために争いごとをやって、全体のことを考えないバカな時代といった感じでしょうか。ようするに天皇崇拝して太平洋戦争に突き進んだ大日本帝国みたいなものと考えればOK。まぁ日本は今でもそういう意味ではジャーヒリーヤですが。
とりあえず、このころはムスリム同胞団は確かにテロリスト的な分派も多かったと言われています。
しかしその後、アブドゥルナーセルは第三次中東戦争によるエジプトの敗北で力を失い、アブドゥルナーセルの死後に政権を担ったサダト大統領はムスリム同胞団を懐柔。
ムスリム同胞団の中心も穏健な社会福祉活動に向かいました。
しかしその後、サダト大統領はイスラエルとの間に平和条約を結んだことでムスリム同胞団のみならずイスラム諸団体と関係悪化
ムスリム同胞団から分派したジハード団によって暗殺されてしまいます。
サダト大統領のあとを継いだムバラク大統領はこれを受けてイスラム団体による政治的影響力を危険視
ムスリム同胞団との関係は疎遠になりました。
ムバラク大統領は「現代のファラオ」とも呼ばれた大統領で、30年間もの長きにわたるエジプト統治を行います。
アメリカやイスラエルとの友好関係を構築していったのもこの時期です。
そのため、何度もイスラム主義者による暗殺未遂を受け、そのたびにムスリム同胞団を含め、多くのイスラム教団体への締め付けを行いました。
しかし、それでもムスリム同胞団は決して暴力的な活動はせず、地道な慈善活動などを行ってきました。
2011年ムバラク大統領は、アラブの春の余波によって政権が打倒されました。
これにより長期支配が終わります。
ムスリム同胞団はこのあとの選挙で躍進
ムルシー大統領の誕生となります。
ムスリム同胞団系「自由公正党」はトルコ「公正発展党」と密接
上記の経緯を辿ったムスリム同胞団ですが、思想的な繋がりによる部分が大きく、それはエジプト国内にとどまらない影響を持ってきました。
トルコの公正発展党、モロッコの公正発展党とのつながりは深く、シシ大統領成立後の締め付けの際には、自由公正党の多くがトルコに亡命したことが伝えられています。
そうした点から、今回もし米国がムスリム同胞団をテロ組織に指定した場合、トルコに逃げたムスリム同胞団の人々もテロ組織構成員ということになり、それらを助けるトルコ政府、トルコ側関係者などもテロリスト支援者ということになり、制裁対象になりかねないことになっていまします。
こうした状況により、ここもと欧米と距離を置き始めているエルドゥアン大統領にとっては、非常に舵取りが難しい局面になってきています。
とりあえず、トランプ大統領はムスリム同胞団のテロリスト指定に乗り気のようですが、物事はそんな単純には回っていませんし、そもそもシシ大統領の方がいろいろヤバい奴です。
こんなバカげたことが決まりかけているあたり、米政府のなかに中東専門家はいない可能性があります。
今後も、後世から眺め返してみた場合に明らかな判断ミスとわかるような行為が繰り返される可能性があり、その点については注意が必要と思われます。
以上です。