いまさらだけど、地条鋼と電炉と黒鉛電極について生産量や業界シェアなどまとめ
昭和電工の解説記事を依頼されたのですが、同社の業績について書くにあたり、どうしても黒鉛電極市況の話をしなくちゃいけない。
で、そのことを書いていたらやたら文字数が増え過ぎてしまったので、とりあえず、黒鉛電極価格の上昇や、その背景となる地条鋼問題などについてはこちらに纏めて書くことにします。
というわけで、始めましょう。
中国の粗悪な鉄~地条鋼~
中国は2000年代にWTOに加盟
これにより国際的な貿易の枠組みに組み込まれ、高度成長期に入ります。
当然ですが、高度成長期には大量の建設や生産が行われます・・・鉄も大量に必要とされます。
この大量の鉄需要に対し、中国政府は国有の高炉メーカー(宝鋼など)の育成を急いで高品質な鉄鋼の供給を増やしますが、それだけでは足りませんでした。
地方政府や地方自治体は、郷鎮企業で鉄鋼生産を試みます。
しかし、大きな高炉を作るだけの資本力はありません。
そこで、ただ鉄スクラップを電極で溶かして固めるだけの簡単な鉄製品製造設備を作ります。
こうして生み出されたのが地条鋼です。
地条鋼という名の由来は、当時は地面を掘って作った穴に設備を入れて作ったから・・・と言われています。
世界不況後の中国巨額インフラ投資と地条鋼
ご存知の通り、2000年代後半の世界経済はサブプライムローンバブル崩壊でメタメタに打ち捨てられた状態でした。
その状況を救うため、中国は55兆円規模の公共投資を膨らませて、世界に需要追加することを発表します。
政府だけで55兆円、その他に地方政府や民間企業などにも投資が膨らみます。
大量のインフラ投資に伴う鉄鋼需要が爆発的に増大します。
この中国における2010年代の鉄鋼需要を支えたのが、安価で簡単に製造できる地条鋼でした。
2010年代半ばころには、中国の鉄生産量のうち年間1億トン程度がこの地条鋼だったといわれています。
そして地条鋼撲滅へ~
この地条鋼、先ほども書いたように、スクラップを溶かして固めただけの品質の安定しない粗悪なものなのです。
スクラップにはいくつか種類があります。
純粋な鉄だけのスクラップや、合金の混ざったスクラップ、また鉄は基本的に表面塗装しますから、鋼板は亜鉛などが混ざり込む可能性が高く、それに対して厚板などは鉄の純度が高くなります。
これらを無分別に炉に入れて地条鋼を作れば、品質が安定しないのは当然なわけです。
中国政府としてはこうした粗悪な地条鋼生産をやめさせて、ちゃんとした鉄鋼生産にシフトしようとしはじめました。
2016年頃の話です。
電炉需要広がり黒鉛電極の需要も拡大
また、中国政府は鉄鋼各社に対し、大気汚染を引き起こしやすい高炉(コークスを利用した還元法による製鉄)から電炉への切り替えを指示します。
とくに北京を取り囲むように位置する河北省は鉄鋼産業の多く集積する地域ですが、そのせいで北京の大気汚染が深刻化。
中国政府の高官は北京で生活している人が多いですから、河北省の鉄鋼生産を高度化させて、大気汚染を減らそうとします。※1
もちろん、高炉の方が品質が安定するので高品質な鋼板などの生産は高炉で行いますが、それ以外は電炉でなるべくやるようにとのお達しがでます。
これにより、電炉の需要が拡大、電炉で使われる黒鉛電極の需要が拡大しました。
(※1このあたりは長岡京を思えばわかりやすいと思います。長岡京はその都市設計において、上流に庶民、下流に貴族の館が置かれました。その結果、上流から庶民のウンコが流れてくる環境が嫌になった貴族たちは早々に遷都をすることにしたと、一部の学説でいわれていますw。北京と河北省の鉄鋼業はこれと似ているように思います。)
黒鉛電極とは?
黒鉛電極とは、先ほどから書いているとおり、鉄スクラップを溶かす電炉で使われるための円筒形の負極材料です。
ニードルコークスとピッチ(石油精製のときに副次的に生まれるもの)を混ぜて捏ねて、押し固めて乾燥させて焼成して人造黒鉛化する工程を経て生産されます。
この間、乾かす時間などを含めると一か月以上の時間がかかる、生産に手間のかかる製品です。
黒鉛電極のシェアは?
黒鉛電極のシェアは昭和電工がトップ、二位が米Graftech International(グラフテック/GTI)、三位Graphite India、四位に東海カーボン、五位にHEG、六位日本カーボン、SECカーボン
週刊ダイヤモンド2017年10月20日記事および独自資料より
https://diamond.jp/articles/-/146313
なお、その他の数字とSECカーボン、日本カーボンの生産力は推計。
その他は中国企業の生産が含まれますが、もっと多い可能性もあります。
黒鉛電極業界における再編
2010年 米Graftech International(グラフテック/GTI)が米Seadrift Coke およびC/G Electrodes LLCを買収
2012年 昭和電工が中国Sinosteel Sichuan Carbonを買収(現Showa Denko Sichuan Carbon Inc. )
2015年 Brookfield Asset Management が、業績不振に陥っていた米Graftech International(グラフテック/GTI)を買収
2017年 昭和電工がドイツSGLカーボンの黒鉛電極事業(SGL GE)を買収。独禁法の関係で、東海カーボンが昭和電工からSGLカーボンの米国事業を買収。
黒鉛電極業界の波
黒鉛電極には大まかに4年~6年程度の周期があります。
最大手の昭和電工はかつて黒鉛電極事業で数百億円レベルの利益を上げていましたが、その後の景気後退と中国における低品質の電極増産で価格が値崩れ、2013年から3年間は赤字のお荷物事業に転落します。
こうした波は大まかに4~6年程度で繰り返されるもので、現在は業界の回復期の半分程度を過ぎたあたり、とみることができると思います。(私見)
地条鋼生産分を補うために電炉生産拡大。黒鉛電極の需要拡大
中国の鉄鋼生産規模は9億トン~11億トンくらいと言われていますが、これにプラスして地条鋼の生産が1億トンくらいあったといわれています。
これを撲滅したため、中国国内の鉄鋼価格が上昇しました。
そして、地条鋼がなくなったためスクラップ価格は落ち着きました。
ようするに、マージンが改善します。
これにより、地条鋼を作っていた企業が電炉メーカーに転身。
電炉で使われる黒鉛電極の需要が急拡大しました。
中国政府は高炉から電炉への転換を指示、数年以内に20%以上の電炉比率へ~黒鉛電極メーカーには恩恵
先ほども書いた通り、中国政府は環境汚染しやすい高炉をやめて、電炉への転換を指示しています。
現在、中国の鉄鋼生産に占める電炉比率は1割程度しかないと思われますが、中国政府はこれを2割以上に引き上げることを望んでいます。
このことが、黒鉛電極の需要拡大を促しています。
電極生産高推移
黒鉛電極に限りませんが、電極の生産高推移を載せておきます。(データは経済産業省より)
ごらんのように、各社赤字期間(2013年からの3年間)に設備廃棄をしたせいで、需給がかなり引き締まっていることがわかります。
現状の黒鉛電極価格は前年比3~4倍の価格になっているといわれますが、生産余力の減少から過去のピーク時に比べ半分程度の生産しかできていません。
黒鉛電極業界の中国経済鈍化リスク
黒鉛電極業界のリスクとして一番見ておかなければならないのは、中国経済の鈍化リスクでしょう。
現状、世界の粗鋼生産の半分が中国であり、中国で景気後退が深刻化した場合、電炉の生産量削減から、電炉で使われる黒鉛電極の需要減にも繋がります。
米国と中国は目下、米中貿易戦争の真っ最中であり、今後もこれが激化していくことが懸念されます。
こうしたなか、中国政府はかつてのような重厚長大産業に偏った産業政策から、ハイテク産業などの育成と個人消費の拡大に予算配分を急いでおり、かつてのような不況期における公共投資予算急増による鉄鋼事業下支えが期待できない可能性があります。
このことは黒鉛電極業界において最大のリスクと思われます。
黒鉛電極業界はニードルコークスが足りないから増産できない?
現状、各社の生産増強の動きはあまり出てきていません。
この原因のひとつが、高品質なニードルコークスの供給に限界があるためと言われています。
人造黒鉛電極の生産にはニードルコークスを大量に使用しますが、ニードルコークスはEV/電気自動車に大量に使用されるリチウムイオンバッテリーの負極材向けにも必要とされています。
高品質なものは実質二社が供給しているとされますが、そこまで高品質でない中国製のものでも、中国国内価格が一年間で8倍以上に値上がりしています。
このため、電極メーカーは安易には増産投資できないのが現状のようです。
黒鉛電極業界の見通し
黒鉛電極の市況改善は価格的にはかなり値戻しが完了したと思われますが(前年比3倍超)、各社の生産規模の拡張が進んでいないため、まだしばらく需給の引き締まった状況は続くと思われます。
米中貿易戦争の影響とシクリカルな景気後退局面入りにより中国経済には明確に下振れ傾向がみえており、これはリスク要因として十分に注意していく必要があります。
また、ニードルコークス価格は長期契約分は上昇が緩やかですが、スポット価格は暴騰しています。
今後は長期契約価格もこれに合わせていく動きになれば(特に国内の高品質なニードルコークス価格はさらに上がる可能性)、各社のマージン悪化に繋がるでしょう。
現状の各社の株価(昭和電工、東海カーボンなど)はこれらの問題を織り込んだ動きとなっているとは思いますが、何かのきっかけで上にも下にもブレ安い展開かと思われます。
とりあえず、今回は黒鉛電極と地条鋼問題についてみてきました。以上。